あっこさんとの出会い
- ヒロシ
- 僕が初めてあっこさんとお会いしたのは2005年ですね。東京都武蔵野市にある吉祥寺シアターで上演された、振付家・演出家である「橘ちあ」さん、僕たちは「ちあちゃん」と呼んでいるので、ちあちゃんと呼ばせていただきますが、彼女のコンテンポラリーダンス作品「Table Time」の時に初めてお会いしました。僕はダンサーとして出演していて、その照明をあっこさんがされていて、その時はお腹が大きかったにも関わらず照明の仕込みで脚立を登り降りしていたっていう…
- あっこさん
- あのテーブルにも上りました。
- ヒロシ
- それをみんなで止めたっていう。頼むからそれだけはやめてくれって。
- あっこさん
- 全然平気だったんだよね自分としては。
- ヒロシ
- いえいえいえ(笑)。というのが初めての出会いなので、12年前になりますね。すごい(笑)息子さんはもう大きいですよね?
- あっこさん
- もう小学校高学年ですよ。
- ヒロシ
- 大きい!そうか〜。そうですよね(笑)で、この「Table Time」という作品はその後「東京コンペ#2」と「横浜ダンスコレクションR」という2つのコンペに出るんですが、2005年に吉祥寺シアターで初演、同年「東京コンペ#2」で入選。2007年に横浜ダンスコレクションRで【未来へはばたく横浜賞】を受賞、その後にロンドンで公演するためにロンドンに行くんです。
- あっこさん
- そうだね。
- ヒロシ
- ちあちゃんから、ロンドン公演の頃の話を聞いたんですが、あっこさんはお子さんも小さかったりしてロンドンに来ることはできなかったので、照明のきかっけとなるキューを、ちあちゃんに教えたんですよね?
- あっこさん
- そうですそうです。(笑)
- ヒロシ
- 「Table Time」ってすごい照明の変化が多い作品なんですよ。ダンスと照明できれいに変わっていくので、僕なんか、ズレると「すいません!」みたいな。
- あっこさん
- そう、カウントでとるので、最初の1で明かりが点かなくちゃならない。で2、3、4で消えなきゃいけない。で、5、6、7、8で点くとかっていうのが変則的に続くので、数え間違うと全部ズレていくっていうすごい恐ろしいキューだったんですよ。
- ヒロシ
- 僕はその時に所定の位置にいて、照明が消えて、また動いて所定の位置にいるっていう。
- 篤史
- 凄い。
- ヒロシ
- ロンドン公演の時はあっこさんがいないので、ちあちゃんがキュー出しをしなきゃいけなくて、実際に自分でやってみたら、自分で作った作品なのにこんな大変なことだったのかって、改めて思ったって言ってました。
- あっこさん
- だと思います。
- ヒロシ
- だからロンドン公演中、向こうの照明さんの横にずっといて、ひたすら「GO!GO!」って言ってたんだって(笑)
橘ちあ【振付・演出】
上智大学文学部新聞学科卒業後、渡英。Bretton Hall College、London Contemporary Dance School、Laban Centre にてコレオグラフィー(振付)、コンテンポラリーダンスを学ぶ。帰国後、さまざまな国籍、ジャンルのダンサーらと国内外で作品を創作、発表。2005年「Яichal Dance Art Museum」結成。
(出典:Яichal Dance Art Museum Webサイトより)
橘ちあ 振付・演出「Table Time」公演写真(出典:Яichal Dance Art Museum Webサイトより)
- あっこさん
- それが何分間も続くと、やっぱり照明屋ってダンスを見ちゃうんですね。で、ダンスを見るってことは動作を見るっていうことなので、カウントを忘れる時があるんですよ。見入っちゃって。
- ヒロシ
- あ、そうか!
- あっこさん
- すると、全てが失われた瞬間に「舞い上がる」んだよね。で、その舞い上がることも想定して、いかに間違わずにキューを実行するかっていうことを考えるんですよ。
- ヒロシ
- それってスゴイ。なんか、両方なきゃいけない感じですよね。
- あっこさん
- だから、冷静になるためにはどうするか、っていうことを常々考えるわけ。地に足がつかなくなったりしたことが、20何年もやってるとあるわけで。今何をしなきゃならないのかわけ分からなくなる。それをなくすためにどうすればいいかというのを、経験積んで編み出してきた。だから、ちあちゃんの作品の時は「もしカウントを忘れてしまったらどこで立ち直ろうか?」というのを考えて、キュー出しの紙にノート(メモ)するんです。この音でここに戻るとか。アクセントの音で戻ればいいとか。「落ち着け、落ち着け、まぁまぁ。」みたいな。
- ヒロシ・篤史
- すげぇ。
- あっこさん
- そこまで考えます。だってショーが台無しになるわけですから。私一人のせいで。だから、大きな仕事になればなるほど準備を緻密にして、劇場に入る前日はもう仕事は絶対しない。頭を空っぽにして、体もリラックスして、朝出かけるっていうのが私のやり方。詰め詰めにすると、混乱するんですよ現場で。
- ヒロシ
- 一旦白紙にするんですね。
- あっこさん
- します。でもどこか頭の片隅にはあって。日々そうなんですけど、忙しい時は、朝5時ぐらいからモノを考え始めるんですね。息子を学校へ送り出すために朝ごはんを作って、送ってからまた考え始めて、16時ぐらいまでガーッとやる。そこでまたプツッと切るんです。どんな状況でも切って、今度は夕飯の支度をし始める。でも頭の片隅には入れてあるから「アッ」と思うときがある。「思いついた!!」って時には、紙にすぐ書くんです。そうやっていると「う~っ」と考えているよりも、いろんなものが出てくる可能性がある。あとは、寝てる時。寝てる時も頭は動いてるんですよね。ものすごい閃いたりするから、そうしたらまた紙に書く。
- ヒロシ
- それは最初からそういうやり方なんですか?それともいろんな経験をして、そこにたどり着いてるんですか?
- あっこさん
- もちろん経験です。いっぱい失敗したから(笑)でもそうやって失敗しながらも、機会を与えてくれた先輩に感謝してるし、あの時もうちょっとうまくやっていたら、もう少し有名な照明さんになっていたのかなぁとか?思うこともありますけど、それはそれで。今私は素敵に生きていると思っているので。これでよかったと思ってます。
- ヒロシ
- すごい(ため息)。そしてその後、2010年ですね。同じくちあちゃんの「LAND」という作品の照明をされて、日本照明家協会の「日本照明家協会賞・舞台部門特別奨励賞」(第30回 平成22年度)を受賞されます。
- あっこさん
- 私はこの作品をどうしても世に出したいと思って自薦したんですよ。巨匠の照明さんだと推薦人が推薦したりするんですけど、私の場合はそうではなく、「これ見ろ!」って感じで送りました(笑)。そしたら選ばれちゃった(笑)。ものすごい数の作品の応募があるので、その中から選ばれるってことはすごく大変なことなんですよ。
- ヒロシ
- やりましたね。
- あっこさん
- やりましたね。でも、獲れると思ってました。
- ヒロシ
- 本当ですか?すごい!
- あっこさん
- そんな気がしました。どこかに認められるんじゃないかって。結果が封書で届くんですけど、家の郵便受けに届いた時に「あっ、これキタぞって」(笑)
- ヒロシ
- それはすごいですね~。
- あっこさん
- やっぱり、イラストレーターの信濃八太郎くんの映像や櫻井薫さんの衣装もよかったし、長い時間をかけてたくさん話をして作ったので。「これは通らないわけねぇだろう」と(笑)
- ヒロシ
- かっこいいな~。それまで、そういったコンペのようなものには応募してたりしてたんですか?
- あっこさん
- してなかったです。この作品だったらっていう自信もあったんですね。他の作品だとリハーサルを2~3回やって本番、っていうのが多いんですけど、この作品は何ヶ月も一緒に話をして作って、劇場に入ってからも作り込める時間的な余裕もあったんですよ。だから、規模的にもクオリティ的にも期が熟していたと思います。お芝居とかで、ちゃんとしたものも何度もやったことはあったんですけど、自分自身が熟してなかったっていうのもあって。
- ヒロシ
- タイミングってありますよね。
- あっこさん
- ありますね。
信濃八太郎(しなのはったろう)【イラストレーター】
日本大学芸術学部演劇学科舞台装置コース卒業。東京イラストレーターズソサエティ会員。広告、書籍、雑誌を中心に活動中。モノクロームのアニメーション制作も行っている。
(写真は橘ちあ作・LANDで使用された信濃のモノクローム・アニメーション)
櫻井薫【バレエコスチューム・ウェディングドレス デザイナー】
幼少の頃より、クラシックバレエを習う。「作ること」「美しいもの」「バレエ」に関わっていたいという想いから、バレエ衣裳製作を志す。杉野学園ドレスメーカー学院デザイナー科卒業。クラシックバレエ衣裳工房にて、6年間の修行を経て、独立。バレエ公演、コンクール、コンテンポラリーダンス公演のための舞台衣裳をデザイン、製作している。
(出典:櫻井薫 公式Webサイトより)
男と女の性(サガ)
- ヒロシ
- 僕は実際に「LAND」を赤レンガ倉庫に見にいきましたけど、自分が出た「Table Time」とは全然違ってて!すごいと思いましたね。これが僕とあっこさんとの出会いなんですけど、結構なボリュームになっちゃいましたね(笑)ここで、ちあちゃんから、あっこさんへのメッセージがあるので、ぜひ聞いてください。
- あっこさん
- ええっ!?
- ヒロシ
- あっこさんと話すので、今朝ちあちゃんと電話で話をしてまして、預かってきました(笑)
録音してきた「橘ちあさんからのメッセージ」を再生するカタヨセヒロシ。
橘ちあさんからのメッセージへ耳をすませるあっこさん
- ヒロシ
- メッセージの中で、「あっこさんの照明は男性的な部分と女性的な部分が両立している」というような言葉がありましたが、どうですか?
- あっこさん
- そう…男性的な部分と女性的な部分が、っていうの…言われることはあります。
- ヒロシ
- あっ!そうですか!
- 篤史
- ふむふむ。
- あっこさん
- ものすごく女性的な柔らかさがある明かりだって、男性の照明さんから言われたことはありますね。ちなみに、昔から、可愛い女の子アイドルに対する照明は男性の照明の方がいいって。
- ヒロシ・篤史
- へ〜。
- あっこさん
- 逆にものすごいカッコいいダンスは女性が作った方がいいとか。
- ヒロシ・篤史
- へー!
- あっこさん
- 見る目線が違うんですよ。自分が見たいものに照明を当てようとするので。
- ヒロシ
- はぁ〜!なるほど。
- 篤史
- うん。うん。うん。
- あっこさん
- ただ、自分の中では、男だから女だからっていう感覚はないです。けど、ちあちゃんが言うように、男性の部分と女性の部分があるって言うのは、なんだろう…自分の中でものすごく男っぽい性格ってか…男みたいに育てられたので
- ヒロシ
- 子供の頃ですか?
- あっこさん
- 子供の頃から。また話それちゃうかもしれないけど(笑)
- ヒロシ
- いえいえ。
- あっこさん
- 女三人姉妹なんですね、私。
- 篤史
- へえー!(驚き)
- ヒロシ
- 三人姉妹って、全然男の子要素がないですけど?
- あっこさん
- うん。女三人姉妹で、姉二人が年子で、ぽんと離れて生まれたのが私で。やっぱり両親は男の子が欲しかったんです。それで、ちっちゃい時からもう、男の子みたいで。私自身なんで男の子に生まれなかったんだろうってすごく思っていて。
- ヒロシ・篤史
- へ〜!
- あっこさん
- 男の子に生まれたかったのに。でもある時から、女の子でよかったなと思うようになり。
- ヒロシ
- すごい
- あっこさん
- 男の子っぽいけど、絶対男の子みたいな言葉は使わなかった。私は女性であるってことをすごく意識しながら生きてきたかな。仕事を始めた頃、男性みたいに物を蹴ったり、足でザルをあっちにやったり、怒鳴り散らす女の照明さんがいたりもしたんですけど、私は絶対それをしたくなかったんです。
- ヒロシ・篤史
- うん、うん。
- あっこさん
- 男の人に負けないくらいに働くけど、やっぱり女性であるってことをいつも意識してやってきたので、そういうのも全部照明に表れているのかもしれないですね。
- ヒロシ
- 「なんで男の子じゃないんだろう?」って思っていた頃から「私は女の子だ!」って変わるポイントがあったってお話あったじゃないですか?
- あっこさん
- うん、うん。
- ヒロシ
- それはすごいことですね!
- あっこさん
- そうだねー。あの…敵わないなって思ったんです。男性には。
- ヒロシ
- はあ。へえー。
- あっこさん
- その時はね。
- ヒロシ
- 「その時はね」っていい(笑)カッコいい!(笑)
- 一同
- (笑)
- あっこさん
- いやいや!今でもあります。今でも!(笑)男と女の性(サガ)って言うのかな、やっぱ、男の人ってものすごく理論的だったりするじゃないですか。でも、女性ってものすごく直感だったりを大切にする。その違いで…うちの夫とか見ていると、3・11のこととか、今の社会情勢・政治のことなんかも、とことん調べているんですよ。夜な夜なね。どういう理屈でこんな世界になっているのか、社会になっているのか、何でこういう報道がされたのか、ってことを突き詰めて調べていく。でも私なんかは、わけ分かんないけど嫌な世界だね。とかそういう直感的なことをすぐ口走ってしまう(笑)。まあ、子供の世話とかもあるし、時間的に調べられないこともあるんだけど、そういう男と女の持って生まれた性(サガ)っていうのがあると思います。
- ヒロシ
- うん、うん。
- あっこさん
- それに気がついた時に、この部分では男の人に敵わない。だから私は「女性としての関わり方」ができるだろうって思ったの。
- ヒロシ・篤史
- へえ〜。
- あっこさん
- 照明の世界にいる時に、やっぱ判断の速さ、責任感の負い方がすごいなって思った。特に大きな現場とか行った時に。
- ヒロシ
- すごいなってのはどんな時に?
- あっこさん
- 私が昔いた照明会社は業界では大手の会社で、東京ドームクラスの外タレを、どんどんガンガンやっている時期だったんですよ。その時に、照明さん25人、バイトさん含めて100人くらいの人を動かさなければいけないチーフの人達は、その重圧に耐えられるんだっていう、それってすごいことじゃん?私には出来ないわ!みたいな。
- ヒロシ
- なるほど。
- あっこさん
- そういう大きな現場で感じたこともあったしね。
- ヒロシ
- 最初から「私は女性です」って育ってきた、生きてきた人たちって、性差っていう言葉が合ってるかちょっと分かりませんけど、その、男性女性っていう「性の違い」みたいなものってあんまり意識しない気がするんですよ。当たり前すぎて。
- あっこさん
- うん、うん、うん。
- ヒロシ
- でも、例えばですけど、あっこさんみたいに「自分が男の子だったら良かったなあ」っていうところから始まっていて、途中で「あっ!そうじゃないわ!」ってなった時に、その両方を把握?認識するきっかけになったのかなって思ったんですよ。
- あっこさん
- うん、うん。
- ヒロシ
- その違いがあるっていうことは、あれはあの人が得意で、私はこっちが得意、っていうような客観性が持てるきっかけだったのかなあ、って思ってですね。
- あっこさん
- そうですね。
- ヒロシ
- さっきのTable Timeの話で出たような「ミスをした時の戻り方」、それを想定した上でのリスク回避みたいなことは常に考えるんですか?今、話を聞いていて、勝手に共通しているのかなぁって思ったんですが。
- あっこさん
- そうですね。同じなのかなぁ。何て言えばいいのかな、まっ、気づくことですよね。男であろうが、女であろうが。こっちのやり方があって、そっちのやり方もある。こっちからそっちにスライドする時の、点っていうか。
- ヒロシ
- うん、うん。
- あっこさん
- それに気づけるかで、人間って変わるような気がします。
- ヒロシ
- うんうん。気づけたら、こっちいけるし、そっちもいけるし、ってことですよね。
- あっこさん
- うん。だからそういうのをすごく感じながら生きてきたような気がします。そういうのに身を置きたがっていた自分っていうのもいるし。
- ヒロシ
- ああ、そうですか。
- あっこさん
- 何か、やっぱり普通は嫌だっていうか。
- ヒロシ
- うん、うん。
- あっこさん
- いつもそうかな。きっとそうだわ!私!(笑)
- 一同
- (笑)
─続きます─