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僕は図書館が好きな少年でした。
図書館というか、本が好きだったんですね。

小学校低学年の頃に、小学校の図書館で出会った「江戸川乱歩」の「怪人二十面相」。あっという間にその世界に引き込まれ、名探偵・明智小五郎や少年探偵団の小林少年らとともに怪人二十面相を追いかけていました。でも、怪人二十面相の強さに憧れ、弱さに同情し、もしかしたら一番好きだったのは「怪人二十面相」だったのかもしれません。

本との出会いは、もっと小さい頃の「絵本」でした。
母親が子どもに絵本を読ませたかったのだと思います。うちには色々な絵本がありました。その中でも僕のお気に入りは長編絵本でした。寝る前になると、うちにある一番長い絵本を持ってきて、母親に読んでほしいとせがみ、正直、大変だったのよ、と後日聞いて笑ってしまいました。

話は図書館に戻りますが、僕が小学生の頃は図書館で本を借りる時、それぞれの本の裏表紙の裏に「図書カード」というものがあって、そこに「名前」と「借りた日付」を書くのでした。ジブリ映画「耳をすませば」でも出てくる、あれです(今はもうバーコードでピッなのできっとないんでしょうね)。

借りた本の図書カードに自分の名前が記されていく、それも楽しかったのです。自分の手に入るようなものではないのでコレクションではないけれど、自分が読んだことが図書カードに残ることが、なんだか嬉しかったのです。

また、子供の頃は、自分が死んだら死後の世界というのがあってそこに行くのだと思っていました。そこには霊界図書館というものがあって、死んだらその図書館に行って「この世の意味」や「この世の始まり」を調べたいと思っていました。霊界には時間がないから(なんでそう思ったのか思い出せません)、いつまでも図書館で本を読んでられる、やったー!と。小学校の勉強は嫌いなくせに、死んだ後に世界の神秘を調べたい!勉強したい!なぜかそう思っていました(笑)。そのため、死ぬことが恐いものではなく、楽しみなものになっていました。
(僕と同じように霊界図書館を知ってた(想像していた)人、いませんかねえ?)

本は本当に不思議です。

始まりと終わりが一冊の中に書いてある。それを読み進めることで本の世界を体験していく。体験するには読むという「時間」が必要なんです。始まりと終わりは既にそこにあって、それを知っていながら、本の世界にひきこまれていく。

子供の頃の僕は、本を読んでいる時はその世界に入り込んでしまう傾向があって「夢中」になってしまい、本を読み終えたばかりの時は、現実の世界の方が違和感があるというか、ふわふわしていました。

どこまでが現実で、どこからが虚構の世界なのか分からない、そんな、今自分がいる世界とは違う世界へ旅立つ、冒険する、ワクワクドキドキが好きでした。

また、図鑑や地図や世界各地の紀行記なども好きで、自分の知らない世界があって、生き物が生きていて、自分の世界が広がって、自分の中にも外にも豊かな世界が広がっていることを知りました。

今回の「即興の時間」という「本」があったら、まだ中は白紙です。
著者名はロクディムと当日会場に集まってくれる皆さんです。
そして図書カードには誰の名前も書かれていません。

当日、どんな物語が生まれ、記されるのか、誰にも分かりません。
「何も決めないでよくパフォーマンスができるね」とよく言われます。
だからこそロクディムは「パフォーマンスをする」のです。

ロクディム 第8回 東京単独ライブ、間もなくです。

カタヨセヒロシ 拝


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