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怒りは時にパワーになる。
そのパワーは世の中を変革する時もある。
怒りが誰かの人生を変えることもあるし、
誰かの背中を押す時もある。

ある芸人さんは言っていた。
「怒りがあるから笑いを生み出せるんや」

『怒り』は負の感情とも言われる。
だけど、その怒りがあるから社会の中の問題、
差別や不当な扱いを改革する時もある。
笑いだって生み出せる。

怒りの感情は誰にもあって、
その使い方によって結果は変わってくる・・・。

小学校に上がって間もない日。
日曜日の夕方。

近所にある小学校の校庭に僕と母親はいた。
僕と母だけの校庭はいつもより広く感じた。

共働きの家庭で育った僕にとって、
母親と過ごせる週末が嬉しかったことを憶えている。

小学生になった僕は補助輪つきの自転車に乗っていた。
長ぐつ型の滑り台のあった公園。
通称「ナガコウ」に行くのも補助輪つきの自転車。

自転車を手に入れた僕の世界は無限のようだった。
どこまでだって行ける気がした。
大人には近所の公園も、
子供の頃の自分には大きな世界の入り口だった。
僕の世界を拡げてくれた補助輪つきの自転車。
僕は補助輪自転車が大好きだった。

補助輪つきの自転車は安全だ。
倒れない。
それに転ばない。
何より怪我をしない。
臆病だった僕を守ってくれる補助輪。

だけど、その補助はいつしか離れなければいけない運命にあった。
たとえ、それが危険と分かっていても
その先にある未来、自由と自立のために離れなければいけなかった。

「なぜ補助輪を外さなければいけないのか?」

小学生のぼくには分からなかった。
近所のおばさんは大人になっても3輪の自転車に乗ってるのに・・。
そもそも危ないじゃないか。
転んだら怪我をするのに・・・。
補助輪ナシの自転車が怖かった。

ただ、周りの友達は次々に補助輪を外していく。
ほとんどの友達がスイスイと自転車に乗っていることを僕は知っていた。
もちろん、それがうらやましくないわけではなかった。
そして、補助輪がまだついてることが恥ずかしく感じ始めてもいた。

そんなある日の夕方。

他の子供達と同じように補助無しで自転車に乗せてやりたい。
仲間外れになったりしないように。
そんな母の思いがあったのかどうなのか。

母と僕は補助輪ナシの自転車をもって小学校の校庭にいた。

「自転車に乗る練習するよ!!」

そういって補助輪を外され、僕は練習に連れ出された。
緊張と恐怖。
ガチガチになった僕。
過剰に力が入って握るハンドルはぐらぐら揺れてしまう。
母が後ろから支えていても、バランスを崩し倒れてしまう。
2度、3度と倒れる。
膝や肘をすりむき涙が溢れてくる。
それでも母は気にせず僕を自転車に乗せる。

「ほら、もう1回!」

「これぐらい擦りむいたって大丈夫だよ」

「ほら、ペダルこいで!そうそう!」

「もうちょっとで乗れそうだよ」

「ほら、今こんなに乗れてたよ!」

「ちょっとぐらいで泣くんじゃないよ!」

「泣いてるなら辞めちゃうよ」

「お母さん帰っちゃうよ?自転車乗れなくてもいいんだね?」

誉めたり、おだてたり、叱咤したり。
いろんな手段を使って僕をコントロールする。
最終的には「私はやめて帰ってもいいんだ」という引きの交渉術。

自分から誘った練習であるのに、やめてもいいと言う。

帰って夕飯の支度があると言う。

たとえあなたが自転車に乗れなくても構わないと言う。

見事な駆け引き。
人間引かれると、押してしまうものなのかもしれない。
なかったことにしようと言われると、途端に手に入れたくなる不思議。

母親の交渉術にたまらず僕は叫ぶ。

「やめないでよ~~~~~~~」

「まだやるのっ!!!!」

「自転車乗るの~~~~~~」

「帰らないで~~~~~~~~~」

泣きながら僕は懇願した。

補助輪付きが1番良いと思っていたはずなのに。

『なんとしても自転車に乗りたい』

『僕を自転車に乗れるようにして欲しい』

いつの間にかそう思わされていた。

何度も転んで、体力もつきて、メンタルまで揺さぶられる。
すると人は欲しくなかったものまで、欲しくなってしまう。
そこにはもう自分の意志なんてないのかもしれない。

母「わかったよ、やるのね?」

僕「やるよ!!!!(叫ぶ)」

母「もう日が暮れるから最後にするよ?」

僕「まだやるの!!!!!!(絶叫)」

母「じゃあ、後ろ押さえててあげるから乗りな」

僕「押さえてなきゃだめだからね!!!!!!!(命令)」

母「押さえてるよ、こぎな」

僕「押さえててよ??絶対ね!!!!!!!」

母「押さえてるよ、こいでこいで」

僕「押さえててねッッッッッ!!!!!!!!!!」

母「押さえてるよ、ほら、もっと早くこいで」

僕「こいでるよッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

母「もっと早く!!」

僕「もぉう!!!!!!!!!!!こいでるもん(泣き叫ぶ)!!!!」

母「ほら、乗れてる乗れてる」

僕「もぉういいいいいよよよよぉぉぉぅ!!!!!うぉさえてぇてぇぃよぉぉう(押さえててよ?)」

母「押さえてる押さえてる」

涙が溢れてぼやけながら、
ふと気づくと、遠くに母親が見えた。

・・・・・・。

あれ?

後ろに?

いない?

支えて?

ない?

もしかして?

今、・・・・・・・1人?

母親は遠くの方で「乗れてる乗れてる」と叫んでいた。
自転車を支えているはずの母親は、僕の後にいなかった。
僕は裏切られた怒りに絶叫した。

僕「ぬぁぁぁぁんでうぉぉぉさいぇてぃぇないんだよ~~~~~~(なんで押さえてないんだよ?)」

その瞬間、怒りをぶつけるように僕はペダルをこぎ続けた。

後で支えてるって約束した母は後にいない。
裏切られた怒りのボルテージがスピードを加速させる。

『許せない!!!あんなに約束したのに』

そう怒れば怒るほど自転車はスイスイ進む。
怒りと共に、
『あれ?今、僕、自転車乗れてる?』
という気恥ずかしさに笑いがこみ上げる。
怒りと笑いが身体を駆けめぐる。
僕はまた絶叫した。

僕「ぬぉぉぉぉれてるよぉぉぉぉ!!!!!(乗れてるよ!!)」

笑いながら怒る子供が自転車をこいでいた。
夕暮れの校庭。
母親が離れてそれを見ていた。

猛スピードで風景が変わる。
見慣れたはずの校庭。
ブランコ。
鉄棒。
全部が違って見える。
怒りで加速された自転車。
体感時速200キロ。
泣きながら笑う僕がそこにいた。

あなたは自転車に乗れるようになった瞬間を憶えていますか?

あの日。

あの時。

小学校の校庭で、自転車に乗れた時。

母親がどんな顔をしていたか?

僕は憶えていません。

その日の晩ご飯のおかずがなんだったか?

どんな味だったか?

僕は忘れてしまいました。

だけど、補助輪ナシで、
自転車に乗れたあの瞬間を僕は憶えています。
怒りと気恥ずかしさが混ざった、おかしな感情と共に・・。
世界が変わって見えたあの瞬間。
あれはきっと魔法だったと思うんです。


【ライブ情報詳細】:2014/04/25(fri) CLASKA Presents LIVE 「笑う魔法」


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