娘の命日の話、家族より家族な人たちのこと。

9月12日(日)。

僕にとって大切な日。

長女の命日。

2012年の9月12日、産声なく彼女は産まれた。

死産だった。

その現実は受け入れられるわけもなく、消えない悲しみは今も残っている。

この日が来ると、今あることの尊さを思い直す。

そして、正直に言えば重くてどんよりした感情に押しつぶされそうにもなる。

曇り空のせいにしてみたりしたけど、きっとたぶん違う。

あの日突然現れたのは、自分の思い描いていた世界と違う「現実」。

どこかで思い描いていた「普通の出産」「普通の夫婦」「普通の家族」。

でも、そんな現実は実際にはなくて、

あるのは一人一人が違う人生を生きる世界だった。

あまりにその世界は広すぎて、時々溺れそうになることもある。

だけどその分、自分の物差しで進むやり方も覚えたような気もする。

他の人にはないであろう苦しみや悲しみ。

それももちろんある。

だけど他の人には見ることのできない自分にしか見えない景色もある。

きっと、誰もがそうやって一人一人違う人生を生きている。

お母さんのお腹の中で一生を終えた彼女もきっと同じ。

彼女にしか見えない景色。

彼女にしか聞こえない音がきっとあったのだと思う。

そうであって欲しいなと思う。

毎年、この日は家族でお墓参りにいく。

そしていつもより少しだけゆっくり過ごす。

元気に過ごしていること。

頑張っていること。

弟たち妹たちの成長。

ありがとうの想いを伝える。

そして、毎年同じ日にお墓参りに来てくれる友人夫婦がいる。

「忙しいから無理しないで、気持ちだけで嬉しいから」と伝えても足を運んでくれる2人。

ステージでも髪を振り乱し、溢れる情熱を体現する彼は普段も情のままに生きている。

夫婦揃ってすごい2人だなと思う。

とても真似できないこと。

そんな2人がまた今年も来てくれた。

この気持ちを言葉にしたいけれど、なんと言葉にしていいのかわからない。

大切な人たち。

きっとこの景色は僕にしか見ることのできない景色。

今日はここまで。

家族より家族のような2人。