カタヨセのエッセー

記憶

厳しい暑さが続くので4年前に鎌倉で降った雪の動画でも(2014年2月8日14:40@鶴岡八幡宮)

というのは冗談で、先週末とある撮影で97歳の祖母と初共演をした時に「祖母と僕が写っている昔の写真」を一緒に見た。

もちろん祖母は今より若くて僕は小さかった。

僕の七五三の写真では祖父母が両脇に座っていて、田植えをしている祖父母と両親の側に僕が立っていて、親戚一同で出かけた観光地の記念写真や近くの川で遊んでいる写真などがあった。

ただ僕はこれらの写真を撮った(撮られた)時のことを覚えていない。写真に撮られているのだから現実にあったことなんだろうけどさっぱり思い出せない。

記憶にはないけど、記録(写真)に残っているから「こういう時に撮ったんだね」とか「こういう所へ行ったんだね」とか「こんな服を着てたんだ」という、思い出話(推理話?)を祖母とした。
お互い曖昧な記憶だから、適当なことを言って笑った。

さて、最初の鎌倉の雪の動画に戻ってみる。
雪が降った日のことは覚えている。
でも、動画のように鮮明には覚えていない。

この動画を見て、そういえば玄関の前に雪が積もってドアが開きづらかったとか、翌日に近所の人と雪かきをしたとか、そういう「記憶」の「つながり」は湧いてくる。

この「記憶のつながり」が切れてしまうと、記憶を辿れない=覚えていない、ということなのだろうか。その記憶はどこにいってしまうんだろう。

明日、認知症の人の「世界」を疑似体験するVRを体験させてもらう。

2014年2月8日関東に大雪が降った日のことを覚えてますか?

2018年7月18日