その即興芝居(インプロ)は
誰のもの?

この間、あらめて即興芝居(インプロ)について考えたり話し合ったりする機会があったので、自分の「今の考え」を整理するために書いてみました。

ここに書いたことは、カタヨセヒロシ個人の価値観や視点、まあ、ざっくり言うと「好み」でしかなく、これが正解だぜ、というわけでは勿論ありません。

また、「今の考え」と書いたように、今後その考え方も変わる可能性は多々あるので、「そういう視点・可能性もあるんだねえ」という感じで読んでもらえると幸いです。

今の自分の備忘録として、また、何かの偶然でこの文章を読んだ誰かのこころがふっと軽くなるようなことがあれば…という願いも込めて、瓶に手紙を詰めて海へ投げるように、書いてみました。

▼2021/8/8 追記
ブログを出す期限が迫っているのに、というか本当は期限を過ぎてしまったのに、全然書けてないのですが、とりあえず公開!あとは適時追記していきます!

目次
・ 何のため、誰のためにやってるの?
・ やっていること、やりたいこと、やらされていること
・ 権力を持つ誰かの価値観・好みを体現するための存在になってない?
・ 「できた」か「できてないか」ではなく「楽しい」か
・ 楽しい、わくわくする、ということを知ってますか?
・ 即興芝居(インプロ)って何でもありなの?

何のため、誰のためにやってるの?

僕が即興芝居(インプロ)と出会ったのは10代の頃。当時通っていた俳優養成所の演技クラスの1つでした。

即興で相手とやり取りをしながら自分たち自身で物語を作っていく、その中で露わになる自分や相手の個性や特徴、はじめはただただ楽しくて、そして次第に奥深いものを感じるようになっていきます。

そして、基本的には(今もそうですが!)やって楽しい!が一番大きいんですね。

自分自身の感覚や表現、他者とのやりとり・関わり合い、それをどのように表出させるか(していることに気がつくか)などで「遊んでいる」感覚。

経験が少ない頃は、自分の表現や相手との関わり合いをどう表現したらいいのかが分からず、今思えば「選択肢」がなく、ただただ一生懸命になって「しまって」いる姿を垂れ流すことになっていたのだけど、経験を重ねる中で客観視や俯瞰視することができるようになってくると、自ずと選択肢が見えてくるというか選択することができるようになっていきます。

客観や俯瞰が強すぎて、今ここにいる主観が弱くなってしまうと、また別なことになってしまうので、そこはバランスだったり慣れだったりするんでしょうけどね。

ということで、僕は時折、自分自身に対してこの質問をします。
「何のために、誰のためにやってるの?」
そして、
今の僕の答えは「自分が、楽しいから、やっている」という答えになります。

もしその答えが変わることがあれば、自分の活動の仕方が変わるのかもしれません。

逆に、その時に自分がいる場所を見て、自分が今、どこにいて、どこに向かっているのか、その指針は何なのか?などをあらためて考えることになるかもしれません。

やっていること、やりたいこと、やらされていること

スタートはきっと「やりたいからやっている」なのだと思います。
しかし、それが少しずつ変わってくる可能性もあります。僕の場合は、かなり変化があったので、その変化に自分自身が追いつけない時もありました。

いろいろな人と出会ったり、いろいろな現場で活動をするようになっていくと、「自分がやりたい」だけではないことが起こってきます。

やりたかったこと、が、やらなければならないこと、になったり。
やるべきこと、になったり。
やらされていること、になったり。
やりたくないこと、になったり。

もちろん、自分がやりたいこと「だけ」をやりたいのであれば、自分ひとりだけでやることもアリです。全然アリですし、そのほうが「自分のやりたいことを追求できる」はずです。

でも、自分とは違う他者と「一緒にやる」ことで得られる体験もまた特別なものです。違うからこそ、衝突することもあるでしょうし、響き合うこともあるでしょう。

そして、それがあるからこそ、一人ではたどり着けないところへ運んでくれるのです。それはとても貴重な機会ですし体験になると思います。

だから「今、自分はどんな状態なのか?」を時折、確認することが大切だと思います。小さなストレスや不満、現状への違和感が積もり積もるとどこかで破裂します、過去の僕のように(笑)

そうならないように、時折でもいいので自分の気持ちに耳を傾けてみましょう。

権力を持つ誰かの価値観・好みを体現するための存在になってない?

この文章を読んでいる方は

・インプロのワークショップを受ける
・インプロの公演に出る

という方が多いと思います。

いろいろな現場があると思うので一概には言えませんが、いずれにしても、その現場の

「権力者のための存在になってないか?」つまり
「自分自身のための存在になってる?」ってことです。

権力者というのは、その現場を仕切っている・掌握している・影響力の大きい存在だと思ってください。

インプロは、多くの舞台作品(演劇・舞踊・音楽など)にある、脚本や演出、ストーリーラインが「ない」ものが基本になります(作品として、あるものもあります)。

では、なにを、どう表現する場・機会なのか?

インプロは「即興」である分、自由度が高いと言われます。しかし、その自由からくる表現に対しての評価や見立ては、その現場に影響力を持つ人の趣向やアプローチ、好みや価値観に大きく左右されます。

「正解はない」と言われる表現の世界、そして自由度の高いインプロだからこそ、影響力の強い人の「好みや価値観」に、自分自身を合わせることもできますが、合わせすぎると自分が本当に持っているものや、より幅広い価値観や可能性が見えづらくなることもあるので、ちょっとだけ、気にしてみるといいと思います。

「できた」か「できてないか」ではなく「楽しい」か

楽しい、わくわくする、ということを知ってますか?

即興芝居(インプロ)って何でもありなの?